天宮光啓 護摩祈祷

● 内護摩

 

■ 内護摩とは

 

 

内護摩とは、瞑想をもちいておこなう護摩(内観法)のことです。われわれ人間の諸悪の根源とされている「三毒」を観想によって焼き尽くします。

 

一般的によく知られているのが、実際に護摩壇で火を燃やして修する外護摩(げごま)です。

 

他方、内護摩(ないごま)は理護摩(りごま)ともいって、心の中でおこなう瞑想をもちいた護摩のことです。仏様の智火によって煩悩を焼き尽くしていきます。

 

仏教においては、最も克服すべきものに三つの煩悩があります。それは「貪・瞋・癡」(とん・しん・ち)です。

 

護摩は、私たちを苦しめる諸悪の根源である三毒を仏様の智火によって焼き尽くし、善行を積み重ねていくとても神聖なる尊い儀式です。

 

貪欲(どんよく) むさぼり(欲望のままに際限なく欲しがること)、すべての病気の原因。
瞋恚(しんに) 怒り(自分勝手な自己中心的な心で腹を立て怒ること)、すべての貧困の原因。
愚痴(ぐち) 迷妄 (偏った物事の見方や考え方により道理や真理に暗い)、すべての争いの原因。

 

修験行者や密教修行僧や、真言宗の僧侶は三密加持(身・口・意)の意密にて、こうした三毒を仏の智火によって焼尽していく特別な観想法をもちいます。
越法罪などがございますので詳述はできませんが、手に印を結び、口に真言(マントラ)をお唱えし、心中に仏の智火を観想し、内観(供養や回向など)していきます。

 

内観とは、精神を集中して自分の心をよく観察することによって、自己の内部にある真理や自己の真実の姿を知ろうとする瞑想のことです。

 

また、回向とは、廻向とも書きます。自分がおこなった善業(善いカルマ)により自他ともを悟りに導くことです。転じて僧侶と一緒に仏事法要を執り行って死者を追善する意味でも用いられます。

 

なお、善い行いをすることによって、その人に徳が備わることを「功徳」といいます。古来より、善い行いはよい結果を招くと考えられています。仏教では、善い行いを「善行」(ぜんぎょう)といいます。たとえば、写経をしたり、お経や真言をお唱えしたり、寺社仏閣を訪れたり、四国遍路などの巡礼に出かけたり、護摩供養や法要に参加したり、ご先祖様を供養したり、寺社などにお堂や仏塔、仏像などを奉納したり寄進したりすることなどです。

 

日々、食事の時に手を合わせることも、朝に礼拝し夕に感謝することも立派な功徳です。

 

人に思い遣りのある言葉をかけてあげたり、やさしい態度で接したり、笑顔で声をかけることも素晴らしい功徳です。

 

皆さんも、ぜひたくさんの功徳をお積みいただければです。

 

それでは、本日も仏と共に仏道精進。

 

合掌

 

 

天宮光啓

 
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